桔梗のおとない(理めぐ) #月影の鎖「理也さん、」 呼びかけと共に控えめに外套の裾を引っ張られ、思わず目を瞬いた。 めぐみと並んで歩いていたつもりが、いつのまにか一歩前を歩いていたらしかった。「すみません、少し早かったですか」「いえ、違うんです。あの……」 よくよく見ると、少しだけ肩で息をしている。めぐみが少し後ろを振り向き、空いたほうの手で指差した。民家の庭先に、紫の花が咲いている。「ああ。桔梗、ですね」 すらりと伸びた茎が初夏の風を受け、涼しげに花が揺れる。星のように開いた花が一つ、その他はまだ蕾ばかりだった。おもむろにめぐみの指が伸びて、紙風船のように膨らんだ蕾をつつく。「こないだ紫陽花が色付いたばかりですのに、もう桔梗の時季なんですね」 桔梗は、理也としても思い入れのある花である。「毎年、桔梗を見かけると理也さんを思い出していました」 言いながら、花あさぎの瞳が微笑んだ。理也がいつも羽織っている外套は、桔梗の刺繍が施されている。想いを寄せている女に、思われて悦ばない男はそういない。理也も例に洩れず少しくすぐったくなって、帽子のつばを掻いた。「……いつもは、思い出してくれなかったんですか?」 一拍。きょとんとして、めぐみが目を瞬かせる。理也の言をようやく呑み込めたのか、たちまちその柳眉をハの字に下げた。薄い唇を微かに震えるのを、白い指で隠すしぐさがいじらしかった。「理也さんの、いじわる」 ほんのり染まった頬が愛らしいと思った。夏はまだ遠き淡青の空に風が薫る。すみれ色の長い髪がさらさらと揺れる。その可憐な想い人のありようが―― さながら桔梗のようだと、理也は思った。 2023.11.23(Thu) 00:06 二次 文章
「理也さん、」
呼びかけと共に控えめに外套の裾を引っ張られ、思わず目を瞬いた。
めぐみと並んで歩いていたつもりが、いつのまにか一歩前を歩いていたらしかった。
「すみません、少し早かったですか」
「いえ、違うんです。あの……」
よくよく見ると、少しだけ肩で息をしている。めぐみが少し後ろを振り向き、空いたほうの手で指差した。民家の庭先に、紫の花が咲いている。
「ああ。桔梗、ですね」
すらりと伸びた茎が初夏の風を受け、涼しげに花が揺れる。星のように開いた花が一つ、その他はまだ蕾ばかりだった。おもむろにめぐみの指が伸びて、紙風船のように膨らんだ蕾をつつく。
「こないだ紫陽花が色付いたばかりですのに、もう桔梗の時季なんですね」
桔梗は、理也としても思い入れのある花である。
「毎年、桔梗を見かけると理也さんを思い出していました」
言いながら、花あさぎの瞳が微笑んだ。理也がいつも羽織っている外套は、桔梗の刺繍が施されている。想いを寄せている女に、思われて悦ばない男はそういない。理也も例に洩れず少しくすぐったくなって、帽子のつばを掻いた。
「……いつもは、思い出してくれなかったんですか?」
一拍。きょとんとして、めぐみが目を瞬かせる。理也の言をようやく呑み込めたのか、たちまちその柳眉をハの字に下げた。薄い唇を微かに震えるのを、白い指で隠すしぐさがいじらしかった。
「理也さんの、いじわる」
ほんのり染まった頬が愛らしいと思った。夏はまだ遠き淡青の空に風が薫る。すみれ色の長い髪がさらさらと揺れる。その可憐な想い人のありようが―― さながら桔梗のようだと、理也は思った。