蝋梅書屋
Wintersweet Den

日々思ったこと、作品に触れて考えたこと等の整理・備忘

No.35

醜女(樹めぐ)
#月影の鎖

「冬浦さんほど良い女、そうはいない」

 それは単なるうわさ話だ。俺がいないところでの。冬浦めぐみと共に本土に戻ってきて、それなりの時が経った。彼女の賄いの仕事もずいぶん社に馴染み、もはや名物といっても過言ではない。彼女の手料理を楽しみに仕事に勤しむ男たちも少なくないと聞く。これも単なるうわさ話だ。

(あれが、良い女に見えるのか)

 樹は胸のうちで独りごちる。脳裏で彼女のことを思い浮かべる。
 気は利くし、よく働く。応対自体も、控えめながら決して無愛想ではない。
 何より料理は、味にうるさい兄を唸らせるほどの逸品。その手練に込められた心に、裏表なきことも、樹は知っている。
 スミレの色をした長い髪、湖面のような瞳。世間一般的に、「美しい」と評しうる程度には整っている。着物に隠された胸元も、人並みより豊かなことも知っている。

(そう、見目は良いほうがいい)

 外見は美しいことに越したことはないはずだ。―― だのに。

(本当に莫迦げている)

 その罵詈は誰に向けたものであろう。恋人が聞き耳を立てていることも知らず、下世話に興じる男たちにに向けたものか。―― おのれに向けたものであるか。

 かの島の一夜。月の光差す縁側。重ねられた手。

 ―― 冬浦めぐみがいかに醜女であろうとも、あれはあの夜、俺のそばにいたのだろう。
 ひとが聞けば、容姿を問わぬ愛だ、純愛だのと高踏ぶるかもしれないが、如何せんそう甘やかな類のものではない。

(我ながら、この情念《おもい》は狂っている)

 藤堂樹には確信があった。
 貌がいびつに歪んでいようと、髪が白茶けていようと、瘦せ衰えた老婆であろうとも。この身に抱えた虚ろを無様なほどに暴くのは、間違いなく、冬浦めぐみ一人であっただろう―― と。
 樹は薄い唇に引き攣らせ、自嘲する。
 心臓のあたりを手で触れれば、衣服の裡に忍ばせた小瓶の硬い感触がした。空には、あの日と似た月が白く浮かんでいる。

二次 文章

■のから

月影の鎖とpkmnが大好き。好きなキャラを軸に乙女ゲーム的関係性を思索するのが好き。家族(二親等内)も大事。lit.link