蝋梅書屋
Wintersweet Den

日々思ったこと、作品に触れて考えたこと等の整理・備忘

No.38

チョコレート掌編(理めぐ)
#月影の鎖

「あの、冬浦さん」

 呼びかけると、華奢な肩がびくりと震えた。

「いま、何を隠したんですか?」

 女将をしているときなら、あんなにソツないのに。こころの動揺そのままに、碧い瞳をしきりに瞬かせている。もじもじしながら言い渋るさまは、正直、可愛らしかった。口の端が上がりそうになるのを堪えながら、俺は些か意地のわるいことを言った。

「気になって、俺、夜も眠れなくなる、かも」

 麗しい眉をハの字に下げ、すっかり困り果てている。……好きな女性を困らせている。何がとは言わないが、ぐっと来るものがあった。

「そんな大層なものでは……」
「どうしても、駄目なんです?」
「そ、そんな顔、しないでください……」

(どんな顔をしていたんだ、俺) 思わずすみませんと謝りつつ、一歩分ほど上体を引っ込める。すると、彼女は少し慌てて、その薄い唇を微かに震わせた。

「ちょ……」
「ちょこ?」
「チョコレートを……作ってみたのですよ」
「チョコレート……、」

 作れるものなんですか、という野暮な問いは呑み込んだ。本土ではそれなりに流通していると聞くが、残月島では未だ高級な嗜好品といって過言ではない。
 冬浦さんいわく、紅市で珍しい豆『カカオ』がそう高くはない値段で売っていたので、つい手が伸びたのだという。節約家の彼女が、物珍しさで買い物をするとは。俺は内懐で感心した。

「それで、その、チョコレートが?」
「それで……作ってはみたのですが、思ったようには行かず……」
「貴女にも、作れない料理ってあるんですね」
「当たり前です」

 むくれてみせる彼女の、うすく膨れた頬の愛らしさに、俺は一瞬息を詰める。

「お菓子作りって、ふだん作っている料理とは、やはり違うものですね」

 そうごちる冬浦さんの声は小さく、この小ささよろしく消沈しているらしかった。

「それでも、一応、形にはなったんですよね?」
「形には……。ただ、味が……」

 背中に回したきりの両手が、ようやく彼女の体の前に現れた。朱色の鮮やかな帯の前で、白い手が重なる。その手の内に包み紙がはみ出して見える。

「そんな大事に手に持ってたら、溶けちゃうでしょう」

 苦笑をまじえつつ、差し出した手のひらの上に、ややくしゃっと丸まった包み紙が載せられる。これ以上意地を張るのは無理だと観念したようだった。依然、眉は下がったままだったけれど。

「……先日、兄の本土土産に、森長のチョコレートを貰ったのです。それが美味しくて、嬉しかったものですから」

 ―― 不相応なのは承知ですが、私も貴方に、贈りたくなってしまったのです。
 白い頬を薄く初め、淡くはにかみながら彼女が言う。鈴を転がすような美しい声で語られた彼女の心に、どきりと心音が高鳴った。

「……今ここで、いただいても?」
「……砂糖が足りてなかったみたいなんです」
「構いませんよ。十二分なくらいです。きっと」

 指で慎重に包み紙を開き、現れたのは三つのチョコレートだった。大小ばらばらだが、いずれも金魚の形をしている。これもまた、冬浦さんの心遣いだろう。そっと口の中へと運ぶ。舌で転がすと、ほろ苦い芳香が口腔から鼻腔へと広がった。
 胸の前でぎゅっと結ばれた白くて細い指。湖緑の瞳が俺だけを映し―― 不安げにじっと見詰めてくるさまを見るだけで、舌が甘くなってしまいそうだった。「美味しいですよ」と伝えると、彼女の表情がふわりと綻ぶ。チョコレートはいよいよ甘さを増し、のどの奥へと溶けていった。

二次 文章

■のから

月影の鎖とpkmnが大好き。好きなキャラを軸に乙女ゲーム的関係性を思索するのが好き。家族(二親等内)も大事。lit.link